《自己陶酔》
2007.08.31 (Fri)
朝から母が掃除をしていた。開かずの扉となった我が家のクローゼット(´∩`;)引越しをしたときにとりあえず片付けるために押し込んだもの達。母がうれしそうに何か持ってきた。何かと思うと、私が小学校5年生のときに書いた詩だった。春夏秋冬がテーマ。こんなものもあったなと懐かみながら見ていた(*´−`*)
小学校のときから高校までの授業中に描いた絵で気に入ってるものは自分の部屋に飾ってある。いつも作品が出来上がった時は、絵にしても作文にしても詩にしても納得して作っていたから満足してた。何年か経ってから見ても、絵に関しては、下手っぴなんだけど、この発想いいわ( ̄▽ ̄)!とか自分で思えちゃったりする(何言ってんのよ私。笑)でも作文や詩など関しては、いつも後から見るとなんであんなに満足できたんだろう??自分、謎っス。。と思うほどの出来なの。この詩を書いた時を覚えてる。間違いなく小学校5年の私は「ええこと書いたわ〜!」っと自分に酔ったのを覚えてる。でも今見ると、はて?どこに酔えちゃったのかしら??と自分に疑問(°Д °;!!)子どもの私が書いてるんだからいいんだけど 。。。
詩の1部分、春のテーマで「桜」
『入学式の日、桜がさいていた。
背が低い1年生をお母さんが手をひっぱて来ていた。
5年前私も同じだった。
桜の木は今と比べて小さかった。』嘘コケっ\\ ( ̄□ ̄\\!!) 過去の自分にツッコミ。桜の木なんかこの5年間で、でかくなって無いじゃんっ!もとから大きかったじゃん!!良いこと書きたかった気持ちは自分の事だから分かるんだけど、なんでそんな適当なこと書いちゃったのさ…でも自分で気に入っちゃてこの詩は親戚にコピーまでして送ってるのだ。自分に酔いすぎだろっと今更ながらなんだか恥ずかしい(*´▽`:*)
でも自分で作ったブックカバーを電車でだして「どうよ!この色づかい、この可愛さ。既製品とは違うの。わかるかしら?」っと自己陶酔してる自分をみるとあまり変わってないのかしら??と思ってみた今日この頃でした。。
テーマ : まいらいふ(´∀`*) - ジャンル : 日記
《ムール貝解禁》
2007.08.30 (Thu)
私は魚介類はあまり得意じゃない(;∩;)分別すると細かくなってしまうのだけれど、大きい貝は食べれない。だけど2年前に、あるお店で食べたムール貝がとてもおいしくて、そこのムール貝だけは食べられる(≧▽≦)私にしては珍しく自ら注文をしてしまうくらい!
でもそのムール貝と出会って1年後、なんとムール貝の体の中に小さい蟹が入ってた( ̄□ ̄;)!!!ムール貝と蟹はどっちも好きな食べ物。個別にはどちらも美味しい!だけど、だけど一緒にいちゃダメ!!!体の中にいるなんて…生物の生態を感じてしまうよ。貝に食べられた蟹、そんな生々しい食物連鎖を目の当たりにしたら、正直気持ち悪くて食べれない(((°д °;)))ァヮヮ それ以来なんだか海鮮臭さも強く感じてしまってムール貝は食べれない。いつも食べている人を横目に"めちゃくちゃおいしいかったはずなのに!でも無理なの…"と心が拒否していた。
しかし今日、そのお店に行ってムール貝を食べた!!
友達が「どれが美味しいのかな〜?」っと悩んでたので、「私は食べれないけどムール貝が美味しいよ」と勧めた。もちろん食べれなくなった理由も添えて(^^;)友達は食べてみたいとムール貝を頼んだけど、一人では食べきれないので私も手伝うことに。でも心の中では"最近見てないから、いける様な気がするけど、やっぱ食べれないかも…食物連鎖のグロテスクさには勝てないかも…(汗)"っと料理が来るまで思っていたのだけれど、ムール貝がテーブルに置かれると、あら、意外と気持ち悪くない。でも口に入れて蟹が出てきたらどうしようと思いながら、友達が無事一つ食べ終えたのを見届け、ムール貝の体から蟹らしき物が出てないか確認して自分の取り皿に。お行儀悪いかもしれないが更にじっくり観察。よしっ!と思い一口にムール貝を入れた!怖いならちょっとずつ食べればいいのにと思うかもしれないけど、貝はちょっとずつ分解して食べると蟹が中にいること以上にグロテスクになってしまうのでそれはダメ(><;)うん!問題なし!この1年間が嘘の様に海鮮臭さも感じず、「大変おいしゅうございました」と料理の鉄人の審査員のコメントの様に満足な味わい。美味しいけど食べられない、と蟹のトラウマに悩まされたけど、本日で解禁。またおいしいムール貝を食べられる様になった(*^∀^*)幸せがまた一つ増えた☆
でもやっぱり観察無しでは食べれない(^^;)
でもそのムール貝と出会って1年後、なんとムール貝の体の中に小さい蟹が入ってた( ̄□ ̄;)!!!ムール貝と蟹はどっちも好きな食べ物。個別にはどちらも美味しい!だけど、だけど一緒にいちゃダメ!!!体の中にいるなんて…生物の生態を感じてしまうよ。貝に食べられた蟹、そんな生々しい食物連鎖を目の当たりにしたら、正直気持ち悪くて食べれない(((°д °;)))ァヮヮ それ以来なんだか海鮮臭さも強く感じてしまってムール貝は食べれない。いつも食べている人を横目に"めちゃくちゃおいしいかったはずなのに!でも無理なの…"と心が拒否していた。
しかし今日、そのお店に行ってムール貝を食べた!!
友達が「どれが美味しいのかな〜?」っと悩んでたので、「私は食べれないけどムール貝が美味しいよ」と勧めた。もちろん食べれなくなった理由も添えて(^^;)友達は食べてみたいとムール貝を頼んだけど、一人では食べきれないので私も手伝うことに。でも心の中では"最近見てないから、いける様な気がするけど、やっぱ食べれないかも…食物連鎖のグロテスクさには勝てないかも…(汗)"っと料理が来るまで思っていたのだけれど、ムール貝がテーブルに置かれると、あら、意外と気持ち悪くない。でも口に入れて蟹が出てきたらどうしようと思いながら、友達が無事一つ食べ終えたのを見届け、ムール貝の体から蟹らしき物が出てないか確認して自分の取り皿に。お行儀悪いかもしれないが更にじっくり観察。よしっ!と思い一口にムール貝を入れた!怖いならちょっとずつ食べればいいのにと思うかもしれないけど、貝はちょっとずつ分解して食べると蟹が中にいること以上にグロテスクになってしまうのでそれはダメ(><;)うん!問題なし!この1年間が嘘の様に海鮮臭さも感じず、「大変おいしゅうございました」と料理の鉄人の審査員のコメントの様に満足な味わい。美味しいけど食べられない、と蟹のトラウマに悩まされたけど、本日で解禁。またおいしいムール貝を食べられる様になった(*^∀^*)幸せがまた一つ増えた☆
でもやっぱり観察無しでは食べれない(^^;)
《準備の甘さ》
2007.08.29 (Wed)
今日は、事務所のプロフィールに乗せるボイスサンプルをとってきた。原稿は自分で用意する。1つの原稿で1分。それを2〜3パターン考える。だけど前日までに、ちゃんと原稿の時間を計っていなかったので昨日はバタバタした。読みたいと思ってた原稿が長すぎたり、短すぎたり。やっとちょうど良い原稿を見つけて、テープレコーダーに録音して練習。夜中になっても声をガンガン出していたので目が覚めちゃって眠気がこない。明日のためにも、さあ寝ようと思っても全く寝付けずギンギラの目を無理やり瞑って布団へ。ほんの少しだけ眠って寝不足のままスタジオに向かった。
いよいよスタジオでボイスサンプルをとるのだが、昨日必死で練習して、よし!と思っていた原稿がもろに商品紹介なのでNGに。新しい原稿を自分の番まで必死に練習。ブースの中に入っていよいよ読むと、こんどは時間が長すぎると言われてしまった。二つとも時間通りなのに…と思うと、1作品1分ではなく、なんと2〜3作品で1分だったのだ。原稿が使えなかった上に、時間オーバーなんて。。後で読んでみると"トータル1分"としっかり書かれていた。
大事なところが抜けてるのだ。自分の確認不足を痛感した。この確認の甘さが今日は大事に至らず対処できたが、時と場合によっては大変なことになる。もっと前から準備して練習していれば前日に夜中までやって寝不足になる必要もない。やっぱり健康管理は第一。もっと落ち着いて、よく読んでいればプリントの見間違えは無かったし、言われた数より多くの原稿を用意していれば原稿にNGが出ても慌てることはなかった。すごく初歩的なことだが準備は抜かり無くしなくてはいけない。私の準備は準備になってなかった。甘すぎた。準備の甘さがやる気の無さにとられてもおかしくない。そんなことは絶対に避けたい。確認する、前もって動く、余裕を持って用意する、この3点を改善していかなくてはいけない。
いよいよスタジオでボイスサンプルをとるのだが、昨日必死で練習して、よし!と思っていた原稿がもろに商品紹介なのでNGに。新しい原稿を自分の番まで必死に練習。ブースの中に入っていよいよ読むと、こんどは時間が長すぎると言われてしまった。二つとも時間通りなのに…と思うと、1作品1分ではなく、なんと2〜3作品で1分だったのだ。原稿が使えなかった上に、時間オーバーなんて。。後で読んでみると"トータル1分"としっかり書かれていた。
大事なところが抜けてるのだ。自分の確認不足を痛感した。この確認の甘さが今日は大事に至らず対処できたが、時と場合によっては大変なことになる。もっと前から準備して練習していれば前日に夜中までやって寝不足になる必要もない。やっぱり健康管理は第一。もっと落ち着いて、よく読んでいればプリントの見間違えは無かったし、言われた数より多くの原稿を用意していれば原稿にNGが出ても慌てることはなかった。すごく初歩的なことだが準備は抜かり無くしなくてはいけない。私の準備は準備になってなかった。甘すぎた。準備の甘さがやる気の無さにとられてもおかしくない。そんなことは絶対に避けたい。確認する、前もって動く、余裕を持って用意する、この3点を改善していかなくてはいけない。
夢に向かって!パート2
2007.08.27 (Mon)
「新人だから…」私は本当になりたいものでさえ逃げた。首根っこ捕まえてくれる人がいたから今自分の弱さに向き合ってる。そして信頼できる姉さんの親友からも渇をもらった。
「リサちゃんは『どうしていいかわからない』って言う言葉にいつも逃げてる。…我慢や忠告から逃げたり、無視したりする人間に成功はないんだよ。
落ち込み時間の激しい人間は社会から蹴っ飛ばされて我がままといわれてしまう。もう22歳なんだから、もう少し大人になって物事を考えようね。」この言葉、的を得ていて、全てを見透かされていた。私は「どうしていいかわからない」でいつも逃げて誰かに助けてもらってた。へこんでる人間は優しくしてもらえるはずだと思い込んでいた。そして私は我慢や忠告から逃げていた。私は行くところが年齢層が高いところが多かったから、よく"まだ若いんだから"と言われた。その言葉に私は甘えてた。甘えてたって事は心のどっかでは気付いてた。だけど信頼できる姉さんに「もう22歳なんだよ。リサちゃんの目指してる業界は年齢制限が低いんだよ。リサちゃんは十代で考えるべきことをやらずに二十代になっちゃったんだよ。」って言われて現実をみた。そう私には逃げてる時間はない。もうすでに遅いのだ。だけど遅いって事にも自分は逃げてた。私はありとあらゆることから逃げて自分に安心を与えてた。マイナス思考も自分が傷つかないように自分のハードルを下げてた。私はマイナス思考で自分をへこんで苦しめていれば自分に厳しい人になれると思っていたのだ。結局へこんで自分を甘やかしていただけなのに。そこから動き出す努力をしていなかった。自分を追い詰めることも出来ないままこの年になってしまった。
姉さんが教えてくれたプラス思考は自分に言い訳をすることじゃなく、今の自分の力を知って、成功してる人と比べて何が足りないのか見つける、そしてその人がどうやって成功したのか聞いて真似をして自分も習得する。どうやったらその成功した人たちに並べるかを考えること。私は自分の実力を知るのも怖い。身に付ける努力をする根性も今まで養ってこなかった。認めたくないからずっと観ないようにしてた。私は自分を苦しめる全てのことからずっと逃げてきた。自分に甘すぎた私を変えないといけない。今が変わり時だと姉さんが言った。ここで変わらないと一生変わらないって。 ほんとうにそう。私は一生逃げて終る。自分を知ることも無く。夢をかなえることも無く。逃げて逃げて夢諦めて、やりがいのない仕事に就くのなら私は何の為に生まれてきたか分からない。
逃げることを私は今すぐ辞めなきゃいけない。「どうしていいかわからない」という言葉も考えも捨てなくちゃいけない。姉さんの親友が「今自分は何をするべきかわからないはずはない」って言った。私が今すべきことは、じぶんの力を知る。そして成功している人に比べ何が足りないか考え。習得する。
根本的には、逃げたくなっても今やるべきことから逃げない。今やるべきことは何かを考えることから逃げない。自分に言い訳しない。オーディションで落ちた理由を自分には合わなかったで解決しない。
成功している人は活舌は完璧だ。マイク乗りのいい発声をしている。負けてられないが口癖だ。常にハングリー精神だ。具体的に私に足りないものは活舌が悪い。息が漏れる。サ行が弱い。イントネーションがおかしい。腹式呼吸が出来ない。自分が負けた理由を言い訳しないで素直に悔しがって相手と戦う。負けるのが怖いからといって戦うことから逃げない。逃げないで、負けない準備を自分でする。敗因の分析。自分の無力さを知って傷つくということから逃げない。
今日から、活舌・イントネーションの訓練。腹筋をする。「どうしていいかわからない」で逃げない。へこんで自分を慰めない。
「リサちゃんは『どうしていいかわからない』って言う言葉にいつも逃げてる。…我慢や忠告から逃げたり、無視したりする人間に成功はないんだよ。
落ち込み時間の激しい人間は社会から蹴っ飛ばされて我がままといわれてしまう。もう22歳なんだから、もう少し大人になって物事を考えようね。」この言葉、的を得ていて、全てを見透かされていた。私は「どうしていいかわからない」でいつも逃げて誰かに助けてもらってた。へこんでる人間は優しくしてもらえるはずだと思い込んでいた。そして私は我慢や忠告から逃げていた。私は行くところが年齢層が高いところが多かったから、よく"まだ若いんだから"と言われた。その言葉に私は甘えてた。甘えてたって事は心のどっかでは気付いてた。だけど信頼できる姉さんに「もう22歳なんだよ。リサちゃんの目指してる業界は年齢制限が低いんだよ。リサちゃんは十代で考えるべきことをやらずに二十代になっちゃったんだよ。」って言われて現実をみた。そう私には逃げてる時間はない。もうすでに遅いのだ。だけど遅いって事にも自分は逃げてた。私はありとあらゆることから逃げて自分に安心を与えてた。マイナス思考も自分が傷つかないように自分のハードルを下げてた。私はマイナス思考で自分をへこんで苦しめていれば自分に厳しい人になれると思っていたのだ。結局へこんで自分を甘やかしていただけなのに。そこから動き出す努力をしていなかった。自分を追い詰めることも出来ないままこの年になってしまった。
姉さんが教えてくれたプラス思考は自分に言い訳をすることじゃなく、今の自分の力を知って、成功してる人と比べて何が足りないのか見つける、そしてその人がどうやって成功したのか聞いて真似をして自分も習得する。どうやったらその成功した人たちに並べるかを考えること。私は自分の実力を知るのも怖い。身に付ける努力をする根性も今まで養ってこなかった。認めたくないからずっと観ないようにしてた。私は自分を苦しめる全てのことからずっと逃げてきた。自分に甘すぎた私を変えないといけない。今が変わり時だと姉さんが言った。ここで変わらないと一生変わらないって。 ほんとうにそう。私は一生逃げて終る。自分を知ることも無く。夢をかなえることも無く。逃げて逃げて夢諦めて、やりがいのない仕事に就くのなら私は何の為に生まれてきたか分からない。
逃げることを私は今すぐ辞めなきゃいけない。「どうしていいかわからない」という言葉も考えも捨てなくちゃいけない。姉さんの親友が「今自分は何をするべきかわからないはずはない」って言った。私が今すべきことは、じぶんの力を知る。そして成功している人に比べ何が足りないか考え。習得する。
根本的には、逃げたくなっても今やるべきことから逃げない。今やるべきことは何かを考えることから逃げない。自分に言い訳しない。オーディションで落ちた理由を自分には合わなかったで解決しない。
成功している人は活舌は完璧だ。マイク乗りのいい発声をしている。負けてられないが口癖だ。常にハングリー精神だ。具体的に私に足りないものは活舌が悪い。息が漏れる。サ行が弱い。イントネーションがおかしい。腹式呼吸が出来ない。自分が負けた理由を言い訳しないで素直に悔しがって相手と戦う。負けるのが怖いからといって戦うことから逃げない。逃げないで、負けない準備を自分でする。敗因の分析。自分の無力さを知って傷つくということから逃げない。
今日から、活舌・イントネーションの訓練。腹筋をする。「どうしていいかわからない」で逃げない。へこんで自分を慰めない。
夢に向かって!!
2007.08.26 (Sun)
マイナス思考の私はマイナス思考の私を分析することにした。一線で活躍している先輩に「マイナス思考なことばかり口にしているからそれはやめた方がいい」といわれたから。そして私はプラス思考に変えようと思った。だけど私が考えたプラス思考を私が最も信頼してる姉さん的存在の人に話したらプラス思考をはき違えてると言われてしまった。
私はマイナス思考ばかり口走った自分を悔やみ、新人なのだから仕事も経歴も無くて当然なんだからへこむことはないじゃないかと考えたのだ。だけど姉さんはこの考えは絶対してはいけないと言った。こんな考えはプラス思考じゃない。こんな考えを持ってる奴は成功なんて絶対出来ない。新人だから仕事も無くて経歴も無くて当然だなんてありえない。同い年の上戸彩、中川翔子、私よりも年下の子達がガンガン活躍してる。才ある子は事務所に所属してすぐにでもレギュラーを取り売れっ子になる。それを自分は新人だからしょうがないなんてありえない。私が事務所を所属して半年になりレギュラーの一本も持っていないのは、紛れも無く私はただの凡人で、人の何倍も努力をしなければ仕事なんて取れないということの証拠だ。自分が特別だなって思っちゃいけない。
私はなぜ新人だからしょうがないなんて言葉を発してしまったのか考えてみた。私は自分にいつも言い訳をしてたのだ。私には何かあるんじゃないかと不確かなものを信じて安心しようとしてた。新人だから、若いから、専門学校で勉強してないから、学生だから、私がまだ成功していなくていい理由を見つけては納得しようとしてた。私は実力のない自分をなんとかごまかすために言い訳してた。自分が実力が無いことを認めるのが怖かった。小さい頃から習い事も上手く出来ない事が多かった。練習をしっかりやらなかったからだという理由。血のにじむ努力をしなかった結果、誰よりもコレが上手だというものを自分で作れなかった。それがいつしか大きくなると"私には出来るはずがない"が多くなった。あの子はきっと持って生まれた何かがあるんだ。それで解決してた。自分で努力をするということをしていなかった。もし自分で死ぬほど努力して習得できなかったら自分の才能の無さを認めなきゃいけないから。そして努力をし始めたとしても、ほんの少しけつまずいてしまうと逆に自分には才能が無かったんだと諦める。自分の限界を知ったつもりになるだけ。心の中では限界まで努力をした訳じゃ無いことはわかってる。だから自分に才能はないのだと言えた。そこでとめるほうが辛くないし、安心だから。本当の限界を見るのも怖いし、そこまで努力する根性も無かった。自分が本当になりたいものなら分かるけど、これで本気にならなくても…。きっと本当になりたいものなら努力するさ。そうやって自分を甘やかしてきた。私は結局自分のつらい事から逃げていた。だけど逃げているということも認めたくなくて言い訳を探してた。・・・明日へ続きます・・・
私はマイナス思考ばかり口走った自分を悔やみ、新人なのだから仕事も経歴も無くて当然なんだからへこむことはないじゃないかと考えたのだ。だけど姉さんはこの考えは絶対してはいけないと言った。こんな考えはプラス思考じゃない。こんな考えを持ってる奴は成功なんて絶対出来ない。新人だから仕事も無くて経歴も無くて当然だなんてありえない。同い年の上戸彩、中川翔子、私よりも年下の子達がガンガン活躍してる。才ある子は事務所に所属してすぐにでもレギュラーを取り売れっ子になる。それを自分は新人だからしょうがないなんてありえない。私が事務所を所属して半年になりレギュラーの一本も持っていないのは、紛れも無く私はただの凡人で、人の何倍も努力をしなければ仕事なんて取れないということの証拠だ。自分が特別だなって思っちゃいけない。
私はなぜ新人だからしょうがないなんて言葉を発してしまったのか考えてみた。私は自分にいつも言い訳をしてたのだ。私には何かあるんじゃないかと不確かなものを信じて安心しようとしてた。新人だから、若いから、専門学校で勉強してないから、学生だから、私がまだ成功していなくていい理由を見つけては納得しようとしてた。私は実力のない自分をなんとかごまかすために言い訳してた。自分が実力が無いことを認めるのが怖かった。小さい頃から習い事も上手く出来ない事が多かった。練習をしっかりやらなかったからだという理由。血のにじむ努力をしなかった結果、誰よりもコレが上手だというものを自分で作れなかった。それがいつしか大きくなると"私には出来るはずがない"が多くなった。あの子はきっと持って生まれた何かがあるんだ。それで解決してた。自分で努力をするということをしていなかった。もし自分で死ぬほど努力して習得できなかったら自分の才能の無さを認めなきゃいけないから。そして努力をし始めたとしても、ほんの少しけつまずいてしまうと逆に自分には才能が無かったんだと諦める。自分の限界を知ったつもりになるだけ。心の中では限界まで努力をした訳じゃ無いことはわかってる。だから自分に才能はないのだと言えた。そこでとめるほうが辛くないし、安心だから。本当の限界を見るのも怖いし、そこまで努力する根性も無かった。自分が本当になりたいものなら分かるけど、これで本気にならなくても…。きっと本当になりたいものなら努力するさ。そうやって自分を甘やかしてきた。私は結局自分のつらい事から逃げていた。だけど逃げているということも認めたくなくて言い訳を探してた。・・・明日へ続きます・・・
《幸せ者》
2007.08.21 (Tue)
今日は大学の友達6人で東京サマーランドへ行った。この夏、初のプール。天気もよく気持ち良かった。流れるプールでフワフワと流されながら、浮き輪をひっくり返しては大笑いした。周りはカップルも多く女の人は化粧崩れもせず綺麗に顔を保っていたが、私達は化粧も全部取れ、麻呂みたいな眉毛でお構い無しに騒いだ。22歳になってもこんなにプールで楽しめるんだというほど楽しんだ。
大学の友達はいつも7人で一緒にいた。でも四年になると就活や時間割のズレで全員揃う日はほとんど無く必ず誰かが欠ける。今日も一人は予定が合わず来れなかった。それぞれ違う時計で生活してるし、住んでる場所も全然違うから中々予定も合わない。だから今日は6人集まった事が私はとっても嬉しかった。大学生で迎える夏は今年が最後。皆で集まってプールにいけるのも今年が最後。今日すごく楽しかっただけに今、家で一人でいるのが寂しい。来年の今頃は皆、就職して休みもバラバラで会うことも難しいだろう。
学生でずっといたいと私は思った。だけど、留年してただ学生でいたいかって言われるとそうじゃない。このメンツ、この仲間だからそう思う。私一人が学生のままでいても、何にも楽しくない。個人行動が好きな子も、自由奔放な子も、趣味が変わってる子もいる。だけどこの仲間が好き。感情屋で秘密主義の私を受け入れてくれるこの仲間。「皆、個性強いなーっ!」って笑ってくれるこの仲間。私はこの仲間と一緒に居れて嬉しい。私は学生というお気楽な身分が好きだって思ってたけど、本当はこの仲間と一緒に過ごす時間が楽しいんだと思った。そう思うとあまりに早い三年半だった。
帰りの電車の中一人、二人と電車を降りていき、「またね〜!」っと残った子で元気良く手を振ったけど本当はなんだか寂しかった。最初は賑やかだった電車の中も最後は私一人になった。最後に別れた友達が降りた駅から"一人になっちゃった"とボーっとした。卒業式の後ほど寂しいものじゃないけど、家に遊びに来た友達が皆帰っちゃった様な静けさに包まれた寂しさ。
夏休みよ、永遠にあれ!と思う私が、学校に行ってまた皆で席、陣取って、ああでもない、こうでもないって恋愛の話や小さい頃考えた宇宙の事、バイトの事、学校に来る途中ヒールが道の溝にはまって勢い余って靴脱げたまんま2、3歩、歩いた事。くだらないこと話そうよって思った。なんてこと無い日々や会話がこんなに楽しかったなんて。こんな楽しい仲間と過ごす時間があと半年しかないと思うとやり残した事がまだまだある気がした。やり残したことを一つ一つ埋めて行くたびに離れたときの寂しさは増すのだと思う。だけど離れることが寂しいと思える仲間に出会えた私は幸せ者。
大学の友達はいつも7人で一緒にいた。でも四年になると就活や時間割のズレで全員揃う日はほとんど無く必ず誰かが欠ける。今日も一人は予定が合わず来れなかった。それぞれ違う時計で生活してるし、住んでる場所も全然違うから中々予定も合わない。だから今日は6人集まった事が私はとっても嬉しかった。大学生で迎える夏は今年が最後。皆で集まってプールにいけるのも今年が最後。今日すごく楽しかっただけに今、家で一人でいるのが寂しい。来年の今頃は皆、就職して休みもバラバラで会うことも難しいだろう。
学生でずっといたいと私は思った。だけど、留年してただ学生でいたいかって言われるとそうじゃない。このメンツ、この仲間だからそう思う。私一人が学生のままでいても、何にも楽しくない。個人行動が好きな子も、自由奔放な子も、趣味が変わってる子もいる。だけどこの仲間が好き。感情屋で秘密主義の私を受け入れてくれるこの仲間。「皆、個性強いなーっ!」って笑ってくれるこの仲間。私はこの仲間と一緒に居れて嬉しい。私は学生というお気楽な身分が好きだって思ってたけど、本当はこの仲間と一緒に過ごす時間が楽しいんだと思った。そう思うとあまりに早い三年半だった。
帰りの電車の中一人、二人と電車を降りていき、「またね〜!」っと残った子で元気良く手を振ったけど本当はなんだか寂しかった。最初は賑やかだった電車の中も最後は私一人になった。最後に別れた友達が降りた駅から"一人になっちゃった"とボーっとした。卒業式の後ほど寂しいものじゃないけど、家に遊びに来た友達が皆帰っちゃった様な静けさに包まれた寂しさ。
夏休みよ、永遠にあれ!と思う私が、学校に行ってまた皆で席、陣取って、ああでもない、こうでもないって恋愛の話や小さい頃考えた宇宙の事、バイトの事、学校に来る途中ヒールが道の溝にはまって勢い余って靴脱げたまんま2、3歩、歩いた事。くだらないこと話そうよって思った。なんてこと無い日々や会話がこんなに楽しかったなんて。こんな楽しい仲間と過ごす時間があと半年しかないと思うとやり残した事がまだまだある気がした。やり残したことを一つ一つ埋めて行くたびに離れたときの寂しさは増すのだと思う。だけど離れることが寂しいと思える仲間に出会えた私は幸せ者。
鬼
2007.08.19 (Sun)
盆休みも終わりとうとうやらなくてはいけない。何がって…卒論。先延ばしにして溜まりに溜まった課題の山。この課題は卒論を書くための下準備。この課題が終ったとしても先は遠い。だけど9月半ばにゼミ合宿があるから何が何でも終らせなくてはならない。卒論のテーマは「中世にみる鬼のあり方」。説話に出てくる鬼について調べてる。文章構成やら序章なんかを考えると頭が痛い。でもやっぱり鬼について考えるのは面白い。怖い存在なのに嫌いになれない。
鬼にした理由は、鬼に人間っぽさをを感じたからだった。切っ掛けは私が大学一年の時に調べ物をしていて発見した鬼女の話。嫉妬のあまり川に身を投じて鬼に化けた女。相手を怨み一族を呪い殺したが自分自身が辛くてしょうがない。だから法力で成仏させてほしいと通幻禅師に頼み成仏する。
この鬼女は一族を殺した。だから一族やその周りの人から見ればただの恐ろしい鬼女。だけどこの鬼女は相手の事が好きで好きでしょうがなかったから嫉妬に狂った。本当はいっぱい愛されて幸せな家庭作って、子どもを育てて死ぬまで一緒にいて、同じお墓に入って眠りたかっただろう。平凡な幸せを味わいたかっただけ。だけど愛して貰えなかった。人間、好きな人が出来たら嫉妬心が生まれる。好きなら好きなぶんだけ。その気持ちが汚いって言われたってどうしようもない。誰だって幸せになりたい。人間は欲望を持った生き物。この気持ちは人間なら誰しもが味わう気持ちだと思う。この鬼女が特別なんじゃない。そう思うと鬼は人間の延長線。別物とはおもえない。 恐ろしい存在の鬼が身近に感じる。
人は色んな欲を抱えて生きてる。その欲は、愛に対してなのか、仕事や夢に対してなのか、記録や成績に対してなのか、人それぞれ執着する部分は違うけど手放したくないもの、どうしても欲しい物があると思う。人間に欲がある限り誰しもが鬼になりえる。そのものの為になら鬼と化す事がある。鬼女のような恐ろしいまでの執着心。私は夢に挑戦する時、何とかして仕事を得ようとする時、鬼と化す。綺麗な気持ちばかりじゃいられない卑しい気持ちも持ってる。汚い言い方だけど誰かを蹴落とす気持ちがあるのも確か。私も欲望を抱えた生き物。 鬼女とは違う執着心、でも私も鬼になる。やっぱり鬼が嫌いになれない
鬼にした理由は、鬼に人間っぽさをを感じたからだった。切っ掛けは私が大学一年の時に調べ物をしていて発見した鬼女の話。嫉妬のあまり川に身を投じて鬼に化けた女。相手を怨み一族を呪い殺したが自分自身が辛くてしょうがない。だから法力で成仏させてほしいと通幻禅師に頼み成仏する。
この鬼女は一族を殺した。だから一族やその周りの人から見ればただの恐ろしい鬼女。だけどこの鬼女は相手の事が好きで好きでしょうがなかったから嫉妬に狂った。本当はいっぱい愛されて幸せな家庭作って、子どもを育てて死ぬまで一緒にいて、同じお墓に入って眠りたかっただろう。平凡な幸せを味わいたかっただけ。だけど愛して貰えなかった。人間、好きな人が出来たら嫉妬心が生まれる。好きなら好きなぶんだけ。その気持ちが汚いって言われたってどうしようもない。誰だって幸せになりたい。人間は欲望を持った生き物。この気持ちは人間なら誰しもが味わう気持ちだと思う。この鬼女が特別なんじゃない。そう思うと鬼は人間の延長線。別物とはおもえない。 恐ろしい存在の鬼が身近に感じる。
人は色んな欲を抱えて生きてる。その欲は、愛に対してなのか、仕事や夢に対してなのか、記録や成績に対してなのか、人それぞれ執着する部分は違うけど手放したくないもの、どうしても欲しい物があると思う。人間に欲がある限り誰しもが鬼になりえる。そのものの為になら鬼と化す事がある。鬼女のような恐ろしいまでの執着心。私は夢に挑戦する時、何とかして仕事を得ようとする時、鬼と化す。綺麗な気持ちばかりじゃいられない卑しい気持ちも持ってる。汚い言い方だけど誰かを蹴落とす気持ちがあるのも確か。私も欲望を抱えた生き物。 鬼女とは違う執着心、でも私も鬼になる。やっぱり鬼が嫌いになれない
《戦争はなかった》
2007.08.11 (Sat)
今日は知り合いの芝居を見に行った。終戦記念日が近いと言う事もあり、内容は戦争に関する演目だった。演目は「世界の終幕」「戦争はなっかた」「きけ わだつみのこえ」「紙屋悦子の青春」の四つ。全て朗読からなりショートにまとめられた作品だった。その中の小松左京作の「戦争はなかった」という作品は考えさせられた。
ショートにする為、多少原作とは違う様なのだけれど、この「戦争はなかった」という作品は、大東亜戦争を体験した人達がその戦争は無かったと記憶を失っている事に始まる。しかし主人公だけは戦争があった事を忘れていない。だから本屋にいって必死に歴史書を読むのだがやはり大東亜戦争のことは無かった事になってる。原爆ドームに行ってもそこは「美術館」になってる。新聞記者の友人に「戦争が無ければ今の日本は無いはずなのに戦争が無いなんておかしいじゃないか!」というと「戦争が無ければ今の日本は無いというが、現に無くて今の日本があるのだからいいじゃないか。」と言われ主人公は諦めかける。でもやっぱりそんな事は許されないと主人公は思い、日比谷公園でプラカードに「戦争はあった。多くの人が死んだ」と書き毎日民衆に訴える。でも主人公はついに警察に捕まり、そして戦争はなかったことになる。
全国民が戦争はなかったと記憶をすり替えられる事はないと思う。でも時間が経ち皆の記憶から戦争が忘れ去られたら、戦争があった事なんて大したことではなくなると思った。戦争に対する恐怖なんてなくなってしまう。高校生のとき沖縄でひめゆり学徒隊の生存者の方に会ったときは戦争は怖いって強く思ったのに時間がたつと薄れてしまった。戦争を体験してないから戦争に対しての恐怖の意識が薄い。これから先、戦争に怒りをもっている人がいなくなったら、家族や恋人をなくした人がいなくなったら、空しく資料館だけ残り記憶は消えてしまうのだろうか。
小っちゃい時、「蛍の墓」を見て怖くなって父に「戦争が起きたらどうしよう??」って聞いた。父は「戦争しませんっていう約束を日本はしてるから大丈夫だよ」って教えてくれたけど、その約束も今は危ない。時間が経つにつれ戦争に疎くなり怖さを知らない私達。戦争の怖さを知らない私達は戦争という手段を選ばないでいれるだろうか。 不安になる。いつか「戦争はなかった」と皆が思う日がくるんじゃないかと思うと怖い。
ショートにする為、多少原作とは違う様なのだけれど、この「戦争はなかった」という作品は、大東亜戦争を体験した人達がその戦争は無かったと記憶を失っている事に始まる。しかし主人公だけは戦争があった事を忘れていない。だから本屋にいって必死に歴史書を読むのだがやはり大東亜戦争のことは無かった事になってる。原爆ドームに行ってもそこは「美術館」になってる。新聞記者の友人に「戦争が無ければ今の日本は無いはずなのに戦争が無いなんておかしいじゃないか!」というと「戦争が無ければ今の日本は無いというが、現に無くて今の日本があるのだからいいじゃないか。」と言われ主人公は諦めかける。でもやっぱりそんな事は許されないと主人公は思い、日比谷公園でプラカードに「戦争はあった。多くの人が死んだ」と書き毎日民衆に訴える。でも主人公はついに警察に捕まり、そして戦争はなかったことになる。
全国民が戦争はなかったと記憶をすり替えられる事はないと思う。でも時間が経ち皆の記憶から戦争が忘れ去られたら、戦争があった事なんて大したことではなくなると思った。戦争に対する恐怖なんてなくなってしまう。高校生のとき沖縄でひめゆり学徒隊の生存者の方に会ったときは戦争は怖いって強く思ったのに時間がたつと薄れてしまった。戦争を体験してないから戦争に対しての恐怖の意識が薄い。これから先、戦争に怒りをもっている人がいなくなったら、家族や恋人をなくした人がいなくなったら、空しく資料館だけ残り記憶は消えてしまうのだろうか。
小っちゃい時、「蛍の墓」を見て怖くなって父に「戦争が起きたらどうしよう??」って聞いた。父は「戦争しませんっていう約束を日本はしてるから大丈夫だよ」って教えてくれたけど、その約束も今は危ない。時間が経つにつれ戦争に疎くなり怖さを知らない私達。戦争の怖さを知らない私達は戦争という手段を選ばないでいれるだろうか。 不安になる。いつか「戦争はなかった」と皆が思う日がくるんじゃないかと思うと怖い。
《お辞儀》
2007.08.10 (Fri)
昨日はオーディションだった。自分で気をつけている事は挨拶の声だけは半端なく出すこと。どんなに自己PRや実技でズッコケても最後の挨拶は応援団の様に叫んで帰ってくる。今回のオーディションは自己PR が上手く出来ず失敗したと受けてる最中にわかっていた。でも最後はいつもの様に大声で「ありがとうございましたっ!!失礼しますっっ!!!」と挨拶をしながらお辞儀をした。でも帰り道"ながらお辞儀"をしちゃったと自分で反省した。
そのお辞儀で思い出した。ソフィア・コッポラ監督の「マリーアントワネット」。ピンクのケーキ、マカロン、華やかなドレス、現代女性が大好きなものを通しマリーアントワネットが私達と同じ女の子であった事、そして現代女性と同じく戦う女性であった事を上手く表現していた。私はある1シーンに感動した。それは、マリーアントワネットがお辞儀をするシーン。民衆が暴動を起こしベルサイユに押しかけて来た所。側近に国外への脱出を進められる中、マリーアントワネットは夫であるルイ16世と宮殿に残ることを決意し、バルコニーに出て怒った民衆に対し、手すりに頭が着くほど実に深々とお辞儀をした。家族を守る母として、夫を愛する妻として、そしてフランス国王の王妃としての勇気と威厳を全国民に示すお辞儀だった。そのお辞儀でベルサイユは静寂に包まれた。お辞儀一つがこんなに効力を発揮するのか。私はたまらなく感動した。
私は仕事を貰うためにオーディションに行く。私も戦う一人の女。私がどんな人間で、何が出来て、どんな事をしたいのか毎回全精力を使って伝えてくる。オーディションは私の戦場。緊張なんか当たり前、心臓だって破裂しそうで審査委員の冷たい視線はいつだって泣きそうになる。だけど自分の夢をつかみに行く為に覚悟し背筋を伸ばし堂々と立つ。マリーアントワネットと私では抱えるものは全然違う。だけど私の人生にとって私の夢は国王にとっての国と同じくらい大事。なんとしてでも守りたい。だから私は覚悟を決め全力で戦いに行く。
どんなに失敗したオーディションであっても私のプライドをかけた戦いなのだから私がするお辞儀はプライドをかけたものでなければならない。負け戦でも"ながらお辞儀"はふさわしくない。最後のお辞儀にも全精力を注ぎ、深々と頭を下げドアを閉めたとき審査員がグッと息を呑むようなお辞儀を私はしたい。
そのお辞儀で思い出した。ソフィア・コッポラ監督の「マリーアントワネット」。ピンクのケーキ、マカロン、華やかなドレス、現代女性が大好きなものを通しマリーアントワネットが私達と同じ女の子であった事、そして現代女性と同じく戦う女性であった事を上手く表現していた。私はある1シーンに感動した。それは、マリーアントワネットがお辞儀をするシーン。民衆が暴動を起こしベルサイユに押しかけて来た所。側近に国外への脱出を進められる中、マリーアントワネットは夫であるルイ16世と宮殿に残ることを決意し、バルコニーに出て怒った民衆に対し、手すりに頭が着くほど実に深々とお辞儀をした。家族を守る母として、夫を愛する妻として、そしてフランス国王の王妃としての勇気と威厳を全国民に示すお辞儀だった。そのお辞儀でベルサイユは静寂に包まれた。お辞儀一つがこんなに効力を発揮するのか。私はたまらなく感動した。
私は仕事を貰うためにオーディションに行く。私も戦う一人の女。私がどんな人間で、何が出来て、どんな事をしたいのか毎回全精力を使って伝えてくる。オーディションは私の戦場。緊張なんか当たり前、心臓だって破裂しそうで審査委員の冷たい視線はいつだって泣きそうになる。だけど自分の夢をつかみに行く為に覚悟し背筋を伸ばし堂々と立つ。マリーアントワネットと私では抱えるものは全然違う。だけど私の人生にとって私の夢は国王にとっての国と同じくらい大事。なんとしてでも守りたい。だから私は覚悟を決め全力で戦いに行く。
どんなに失敗したオーディションであっても私のプライドをかけた戦いなのだから私がするお辞儀はプライドをかけたものでなければならない。負け戦でも"ながらお辞儀"はふさわしくない。最後のお辞儀にも全精力を注ぎ、深々と頭を下げドアを閉めたとき審査員がグッと息を呑むようなお辞儀を私はしたい。
《タップダンス》
2007.08.07 (Tue)
土曜日の19時半は毎週タップの時間である。18時半までバイトをし大急ぎでダンススタジオに向かう。私は将来パーソナリティーあふれる芸人を目指している。芸人といっても幅広い。現在はレポーターをしているが将来的にはラジオパーソナリティや芝居にも挑戦したい。レポーターにしろ芝居にしろ、表現力は必須だ。タップダンスを習っている人をあまり見ない。それ故タップダンスをやっているダンススタジオを探すのも難しかった。だけどタップダンスのあの足のさばきが憧れだった。タップが出来るなんて希少だしカッコイイではないか。そして何より全身を使っての表現力を得るため必死で探し、今のダンススタジオを発見した。
習い始めて1年半である。すぐ上手くなるかと言うとそんなことはない。タップダンスを舐めちゃいけない。軽やかにタップダンサーは音を鳴らすが、あの音を鳴らす事こそ一番の困難。2月に発表会があった。曲に合わせて踊るのがこんなに難しいとは…タップは音を鳴らすのも大変だ。しかし鳴ったら鳴ったで合っていないと非常に目立つ。5人で踊ったのだが、ズレてしまうと誰がズレたかもろバレなのである。正直、小さい頃から器用にこなせる人間ではない。この発表会での練習も大変だった。先生に怒鳴られた数は数知れず。怒られ侍の様に怒られた。家でも駅でも人目を気にせず練習した。毎日練習した甲斐あってか本番ではなんとか踊れた。
その後、発表会の写真を見て痛感したことがある。それは練習の時、先生に懇々と言われた「もっと笑いなさい!練習で笑えない奴は舞台の上でなんか笑えないのよ!!」という言葉。本当だ。写真の私はどれも不安げに写っているのだ。笑ったつもりだったのに…泣き出しそうだ。正直すぎるほど不安な気持ち全開の顔で踊っているのだ。表現するという事の難しさを身をもって体験した。やっぱり上手いと言われている人達は 写真でもめちゃめちゃ楽しそうに笑ってるのだ。誰もが緊張する舞台でこの笑顔!なんと晴れやかな姿。これぞ私の憧れの姿である。常に本番で最高の笑顔で居れる人間になりたい。ダンスはリズム感や踊ることだけでなく顔の表情も学ぶのだ。 今でも「ズレてる!」と先生から激を飛ばされているがタップを習い続け、技術とここぞという時の最高の笑顔を引っさげ、いつの日かテレビ画面や舞台で晴れやかに笑いたいのだ。
習い始めて1年半である。すぐ上手くなるかと言うとそんなことはない。タップダンスを舐めちゃいけない。軽やかにタップダンサーは音を鳴らすが、あの音を鳴らす事こそ一番の困難。2月に発表会があった。曲に合わせて踊るのがこんなに難しいとは…タップは音を鳴らすのも大変だ。しかし鳴ったら鳴ったで合っていないと非常に目立つ。5人で踊ったのだが、ズレてしまうと誰がズレたかもろバレなのである。正直、小さい頃から器用にこなせる人間ではない。この発表会での練習も大変だった。先生に怒鳴られた数は数知れず。怒られ侍の様に怒られた。家でも駅でも人目を気にせず練習した。毎日練習した甲斐あってか本番ではなんとか踊れた。
その後、発表会の写真を見て痛感したことがある。それは練習の時、先生に懇々と言われた「もっと笑いなさい!練習で笑えない奴は舞台の上でなんか笑えないのよ!!」という言葉。本当だ。写真の私はどれも不安げに写っているのだ。笑ったつもりだったのに…泣き出しそうだ。正直すぎるほど不安な気持ち全開の顔で踊っているのだ。表現するという事の難しさを身をもって体験した。やっぱり上手いと言われている人達は 写真でもめちゃめちゃ楽しそうに笑ってるのだ。誰もが緊張する舞台でこの笑顔!なんと晴れやかな姿。これぞ私の憧れの姿である。常に本番で最高の笑顔で居れる人間になりたい。ダンスはリズム感や踊ることだけでなく顔の表情も学ぶのだ。 今でも「ズレてる!」と先生から激を飛ばされているがタップを習い続け、技術とここぞという時の最高の笑顔を引っさげ、いつの日かテレビ画面や舞台で晴れやかに笑いたいのだ。
香水
2007.08.04 (Sat)
久しぶりに少しせつなくなった。
今日、駅で電車を待っていたら元彼のつけていた香水の香りがした。
元彼のつけていた香水の香りが匂うとドキっとする。
失恋の数だけドキッとする香水はある。思い出の香水には敏感な私の鼻。
そこに元彼が居るなんて思ってないけど、やっぱり香水の主を探してしまう。自然を装いながら、あたりを見回し鼻を利かしてみる。
香水の主はオバチャンであれ、その香りは彼との思い出を蘇らせる。
風で消えそうになる香水の香りを私の鼻は探している。
ブルガリのプールオム。
私はもともとプールオムが大好きだった。彼と初めて会った時、彼がプールオムをつけていて運命的!って思った。
だけど実に短命な恋で、最後には研ナオコの「あばよ」のごとく避けられた。
フラれた当初、この香水は一番避けたい香りだった。この香りが匂うだけで、私の足は歩くのやめてしまい、泣き崩れそうになった。声を上げないことが精一杯でボタボタと涙を流し、歯に力を入れて静かに泣いた。この香りは彼そのものだった。
だけど、どんなに避けても人気のあったプールオムは街なかで出会ってしまうことがあった。香りは彼を連れてくる。時間が経ち、少しずつ忘れかけてるはずなのに、鮮明に思い出してしまう。楽しかったことばかり。車の助手席に座り彼の匂いに包まれて手を握った。この香りは彼がすぐ近くにいると感じられる幸せの香りだった。だけど、今あの香りに包まれて助手席に座るのは私じゃない。彼とはもう二度と一緒に居れないんだ。別人がつけた香水で涙を浮かべ、自分が何も忘れられないでいる事を実感した。
だけど今は、この香りがしても涙を浮かべることもなく、今頃結婚でもしたかな?
子どもも生まれて「パパァー!」とか言われて、子どもと手繋いだりしてんのかな?なん
て考えられるようになった。
時間はいつも失恋者の味方でいてくれる。ゆっくりではあるが少しずつ傷を癒し、夜に なっても泣かない様にしてくれて、少しずつ私の生活から彼を消し、失恋話も笑って出来るようにしてくれる。
だけど、5年という歳月が経ったものの少しせつなくなるのはまだ傷を癒しきれていない証拠の様だ。自分でも気付かなかったけど短命な恋の割にはしぶとい傷のようだ。
でもこのせつなさは昔のような胸が軋む悲しさというより、あの頃が懐かしいと思えるせ
つなさ。彼との楽しかった思い出だけを香りと共に思いだし、懐かしさを味わう。
だから最近はこの香水のせつなさは意外と好きだ。
今日、駅で電車を待っていたら元彼のつけていた香水の香りがした。
元彼のつけていた香水の香りが匂うとドキっとする。
失恋の数だけドキッとする香水はある。思い出の香水には敏感な私の鼻。
そこに元彼が居るなんて思ってないけど、やっぱり香水の主を探してしまう。自然を装いながら、あたりを見回し鼻を利かしてみる。
香水の主はオバチャンであれ、その香りは彼との思い出を蘇らせる。
風で消えそうになる香水の香りを私の鼻は探している。
ブルガリのプールオム。
私はもともとプールオムが大好きだった。彼と初めて会った時、彼がプールオムをつけていて運命的!って思った。
だけど実に短命な恋で、最後には研ナオコの「あばよ」のごとく避けられた。
フラれた当初、この香水は一番避けたい香りだった。この香りが匂うだけで、私の足は歩くのやめてしまい、泣き崩れそうになった。声を上げないことが精一杯でボタボタと涙を流し、歯に力を入れて静かに泣いた。この香りは彼そのものだった。
だけど、どんなに避けても人気のあったプールオムは街なかで出会ってしまうことがあった。香りは彼を連れてくる。時間が経ち、少しずつ忘れかけてるはずなのに、鮮明に思い出してしまう。楽しかったことばかり。車の助手席に座り彼の匂いに包まれて手を握った。この香りは彼がすぐ近くにいると感じられる幸せの香りだった。だけど、今あの香りに包まれて助手席に座るのは私じゃない。彼とはもう二度と一緒に居れないんだ。別人がつけた香水で涙を浮かべ、自分が何も忘れられないでいる事を実感した。
だけど今は、この香りがしても涙を浮かべることもなく、今頃結婚でもしたかな?
子どもも生まれて「パパァー!」とか言われて、子どもと手繋いだりしてんのかな?なん
て考えられるようになった。
時間はいつも失恋者の味方でいてくれる。ゆっくりではあるが少しずつ傷を癒し、夜に なっても泣かない様にしてくれて、少しずつ私の生活から彼を消し、失恋話も笑って出来るようにしてくれる。
だけど、5年という歳月が経ったものの少しせつなくなるのはまだ傷を癒しきれていない証拠の様だ。自分でも気付かなかったけど短命な恋の割にはしぶとい傷のようだ。
でもこのせつなさは昔のような胸が軋む悲しさというより、あの頃が懐かしいと思えるせ
つなさ。彼との楽しかった思い出だけを香りと共に思いだし、懐かしさを味わう。
だから最近はこの香水のせつなさは意外と好きだ。
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